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あえて、小さな劇場のこころざし №1 [雑木林の四季]

シアターX(カイ) 千円入場料の訳

                 シアターX芸術監督・プロデューサー  上田美佐子 

  東京・両国に1992年9月創立の「現代劇場シアターXカイ」は、2011年9月以降(演劇 ダンス マイム オペラ……等々)シアターXの自主企画作品・国際共同創造作品・海外招聘作品など、すべての劇場主催公演を、入場料千円とし続行しています。

  入場料を「千円」としたことに対して、どれだけ大勢の人に「採算あうの?」と問われたことでしょう。私は、演劇の公演に千円なら観る人たちにとっては高すぎはしない、2キロの国産米がスーパーで1000円なのだからと考えた結果ですと答えております。
 しかし、そもそも私が千円に設定しました動機は入場料の低料金化が目的ではありません。この際、少々こみいった言いワケを書かせていただきますが、その動機とは近年ますますの日本の演劇の質の低下、とくに21世紀に入ってからはどうにもやりきれないほどのていたらく。ましてや3・11以後、原子力放射能で地球汚染を引き起こしたまんま修復を抛棄しっ放しのこの国の悪政と欺瞞行為とに対する演劇創造者たちが立ち向かう「憤り」のありようの死ぬほどにイージーなこと。その「質の低下」の理由①は、今日的現状全般に対する無思想性。原発や基地・戦争、貧困や差別等々についてのそれだって、せいぜいNHK報道番組「クローズアップ現代」の解説ていど。火急の危機感の認識にまで抉(えぐ)りあげてテーマとなす己れ自身を賭して貫く挑戦意思の欠如。理由②は、ある意味このチャンスにこそ今日的な演劇芸術へと昇華させ得る形象化、すなわち新しい演劇美学への模索や追求、冒険ができる筈。創造プロセスに関わる全創造者それぞれがフリーラジカルな発明、発見が可能。ところがその苦悩苦渋をネグって、せいぜい三ヵ月稽古のスピード仕上げ。ゆえに様式も手法も相変らず、世話もの芝居のメソッドとか、凡庸なままごと争議の場面まんまのマンネリ表現とか。
  しからばシアターX主催企画の創造活動と公演はどうなのか? 1992年のオープン当初から日本の演劇の質の向上をねがい、若い芸術家たちの足腰鍛錬を課題として海外の芸術家たちとの交流や共同創造も多く、21世紀に入っての主な公演だけでも「初演」公開までには、企画から戯曲、諸プラン作成、演技鍛錬には1年から4年をかけ仕上げてきている。国際舞台芸術祭やチェホフ祭やブレヒト祭や花田清輝作品シリーズ。ベルリン在住の多和田葉子さんの超ウルトラ級深遠な戯曲からの挑戦にもひるまず応戦。時間を惜しまず、すべて初演後も繰り返し上演している。2007年からは本格オペラの上演も、毎年2、3本を続けている。
  ……まだまだ記述しきれない創造活動はいっぱいあるのだが、自慢しているのではない。むしろ、いつも外国から来てくれる芸術家たちのパッションとその創作の質の高さに、とことん衝撃を受けることの方が多い。が実際に目の前にいる生ま身の彼らとの交流で鼓舞されつつ私が学んだことは、彼らも3年以上はかけて芸術家全員が取組み、試行錯誤の苦悩を経てようよう全容が掴めるようになったのだという説得だった。そういえばポーランドのあのタデウシュ・カントルは5年かけて1本、生涯で4作品だった。その長い日月、ずっと非情なる猛稽古を続けていたと聞く。私の実体験でも、つかこうへいはそうだった。1993年、シアターXで8ヵ月間に3ヴァージョンの『熱海殺人事件』を創り上演も続けた際は、連日、朝からの猛稽古。私も早朝の4時くらいに極度に興奮した彼から度々電話を受けたことも。
 つまり、私の言いワケの結論とは、大体が芸術家なんてのは「…変態でしょう、だから進歩的。」(多和田葉子戯曲『動物たちのバベル』より)。「歌舞伎とは、傾ぶくということでねアヴァンギャルドのことなんですよ」(郡司正勝講演会より)。と、あの無視できないお二人のおっしゃるように、誰に強制されたワケでもなく自ら演劇の芸術家をやるのだったら、今までにはなかった「舞台」を突き付け、今現在、世界を震撼(しんかん)とさせるため命をけずってください。それで顰蹙(ひんしゅく)をかおうと飯が食えなくなろうと逮捕されようと、命がひび割れようとネ、国立(こくりつ)大学校のセンセーなんかに雇われず、媚びず、誇り高く堂々と偉ぶりましょうよインドの乞食様のように。「アンタが金を恵みたいんなら貰ってやってもいい」という不遜な態度で空缶を相手の面前へと。私はそのように、のたうちながら芸術家精神に血まみれた作品が誕生したならば、何としてもそれを必要としている日本の人々(ピープル)に観てもらいたいと切望するものではありませんか。するでしょう? だからこその「千円」なのです。お国(かみ)や県や市や…の公金、税金をお上手に頂戴されてて「さて、賤民動員にはそろそろ安売り方針でいくか」というアート・マネージメント一環の廉価なのではなく。

  最後に、「採算あうの?」は愚問でしょう。世界中かつて演劇芸術には「採算」の概念はなかった。が今日、“世界経済同時危機の現代史”に すっぽり嵌まってしまっているのが現状。
  だが正気に戻り、芸術をやってる者こそが「マネー」への価値観の変革をめざすチャンスでも。
  それと演劇を観る側のあなたへの質問。いつまで今みたいな「安楽生」謳歌の不感症演劇ごときに五千円、八千円、壱万円……以上をも支払うつもりですか。それは怠慢、堕落です。

(総合演劇雑誌『テアトロ』(2013年9月号)より転載)

≪事務局よりお詫び≫ 12月1日号に掲載しました時、不手際により最終段落がぬけおちておりました。執筆者の上田さん、および読者の皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。追加してお詫び申し上げます。


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安藤眞

上田美佐子さんはご健在なんでしょうか?
以前、上田さんの編集者時代にライターとして大変お世話になったものです。今回、当記事を拝見して一報差し上げました。
お忙しいところ恐縮ですが、上田さんの現住所をお知らせ頂ければ幸いです。よろしくお願いします。

by 安藤眞 (2019-08-17 07:33) 

chinokigi

この記事を載せたのはもう6年まえになりますが、今おきづきになったのですね。上田さんのことはインターネットマガジン『知の木々舎』で見たと、シアターカイにおといあわせいただければと思います。シアターカイの住所は以下です。
東京都墨田区両国2-10-14 シアターカイ
by chinokigi (2019-08-23 00:01) 

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