「気ままにギャラリートーク」~平櫛田中 №1 [文芸美術の森]
《鏡獅子》
小平市平櫛田中彫刻美術館 主査・学芸員 藤井 明
平櫛田中と言えば《鏡獅子》、というほど美術愛好家によく知られた作品です。歌舞伎の「春興鏡獅子」(以下、「鏡獅子」)をテーマにしたもので、モデルはその「鏡獅子」を豪華絢爛たる出し物として完成させた六代目尾上菊五郎(以下、六代目)がつとめました。昭和11年に歌舞伎座で「鏡獅子」がかかると、田中は25日間通いつめて舞台姿を観察し、六代目と相談しながら作品として表現するポーズを決めました。
六代目には、体の動きや骨格を知るため裸でポーズをとってもらいました。六代目も弟子たちに稽古をつける際は裸で指導していたので、田中の意図するところがよく理解できたのです。けれども、そんな六代目も作品に彩色が施される光景を見て仰天します。顔に隈取が描かれようとしていたからです。「田中先生、私は稽古のときには隈取はしません!」とあわてる六代目。しかし田中は、これがあるから面白いんだと言って、六代目の訴えを斥けたという話が伝わっています。裸の《鏡獅子》は東京藝術大学などに所蔵されていますが、いずれの顔にも隈取りが施されています。
その後、小さな着衣の《鏡獅子》を作り、続いて現在国立劇場で見ることのできる高さ2メートルの作品に取り掛かりますが、大きく引き伸ばしていく段階で、頭部と体のバランスが思うように取れず、なかなか納得のいく形に仕上げることができませんでした。六代目も作品の完成を見届けることなく、昭和24年に亡くなりました。
最初に用意しておいた彫刻材も使い果たしてしまい、制作費はかさんでいくばかり。田中の気持ちを支えていたのは、協力を惜しまなかった六代目に対する恩義と、長年日本の彫刻界を牽引してきた彼の自負だったのではないでしょうか。そして昭和33年、ついに作品は完成し、再興第43回院展に出品されました。制作の構想から実に22年もの歳月が流れていました。現在この《鏡獅子》は、西洋のリアリズムと日本の伝統が融合した田中芸術の集大成と評価されています。
当館で見ることのできる《鏡獅子》は、国立劇場にある作品の4分の1のサイズで、数年前に遺族から寄贈されました。苦労の末に完成させた作品なので、自分の手もとにも一体のこしておきたかったのかもしれません。
この秋、国立劇場において市川染五郎さん主演による「春興鏡獅子」公演が行われます。小平市平櫛田中彫刻美術館とタイアップしてお得なサービスを実施していますので(詳細は美術館ホームページで)、この機会にぜひ田中の《鏡獅子》をご覧いただき、その圧倒的なスケール感と田中の情熱を感じ取っていただけましたら幸いです。
* * * * * * * * * * * * 平櫛田中について
平櫛田中は、明治5年、現在の岡山県井原市に生まれ、青年期に大阪の人形師・中谷省古のもとで彫刻修業をしたのち、上京して高村光雲の門下生となる。その後、美術界の指導者・岡倉天心や臨済宗の高僧・西山禾山の影響を受け、仏教説話や中国の故事などを題材にした精神性の強い作品を制作した。
大正期には、モデルを使用した塑造の研究に励み、その成果を代表作《転生》《烏有先生》など。昭和初期以降は、彩色の使用を試み、「伝統」と「近代」の間に表現の可能性を求め、昭和33年には国立劇場の《鏡獅子》を20年の歳月をかけて完成した。昭和37年には、彫刻界でのこうした功績が認められ、文化勲章を受章する。
昭和45年、長年住み暮した東京都台東区から小平市に転居し、亡くなるまでの約10年間を過ごした。昭和54年、107歳で没。
◆秋季展示◆
会期:平成25年8月28日(水)~平成25年11月10日(日)
田中が収集した円空仏など「信仰のかたち」をテーマに展示します。
◆わくわく体験美術館ウィーク◆
日にち:10月26日(土)~11月4日(月・祝)
上記の期間中、小・中学生は無料で観覧できます。
小平市平櫛田中彫刻美術館 〒187-0045 東京都小平市学園西町1-7-5
Tel&Fax:042-341-0098 URL:http://denchu-museum.jp/gaiyo
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