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私の中の一期一会 №52 [雑木林の四季]

       「彼は勝つことを選ばなかった」・・家族を優先したプロゴルファー
    ~カナディアン・オープンで、単独トップのH・メイハン(米)が妻の陣痛を知り途中棄権~

                                      アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 日本から怪物ルーキーの松山英樹や石川遼が出場したRBCカナディアン・オープンが25日(日本は26日)から、カナダ・オンタリオ州オークヒルのグレンアビー・ゴルフクラブで幕を開けた。
 予選の第2ラウンドを終わって、2位のジョン・メリック(米)に2打差をつけ、13アンダーで単独トップに立っていたハンター・メイハン(31)が3日目のスタート前、練習場で突如「棄権」を申し出たのである。メイハンは「少し前に、妻のキャンディ(カンディと書いた記事もある)の陣痛が始まったという知らせを聞きました。出産に立ち会うためダラスへ戻るのでカナディアン・オープンを棄権します。大会には心から感謝を表したい。今はメイハン家に新しい仲間が増えることに興奮しています。来年また、このカナディアン・オープンに戻ってくることを楽しみにします」という声明を残してトロント空港に向かった。
 予選ラウンドを一緒に回ったダスティン・ジョンソンは「今日の18番でそれを聞くまで知らなかった。全てがうまくいくといいね。棄権は望むことではないが、時にはこういうことも起きる。いいプレーをしていたけど仕方がないよ」とコメントしている。アメリカでは妻の出産に夫が立ち会うのはごく一般的で、夫には“へその緒“を切る役目があるという話を聞いたことがあるが、メイハンが棄権したと聞いた松山英樹は「名前がボードから消えたので、どれだけ打ったのかと思いました。子供が生まれるからですか・・スゴイですね」とビックリしていた。
 私がハンター・メイハンに興味を持ったのは、妻の出産に立ち会うために棄権したからではない。優勝賞金100万8000ドル(約1億円)を手にする望みをフイにしたからでもない。
 アメリカのメディアが「彼は勝つことを選ばなかった」と一斉に報じたように、人一倍「勝つこと」に拘る筈のプロゴルファーが予選を単独トップで通過しながら、いくら家族のためとはいえ「勝つチャンスを自ら手放した」ことに私は驚いたのである。アメリカのゴルフツアーでも稀有の出来事だったのではないだろうか。
 日本でも「メイハン、カッコ良過ぎる!」とか「ベストゴルファーよりベストハズバンドでいたいのだろう」や「もう220万ドル稼いでいるから余裕があるのさ。シードギリギリだったら分からないよ」などの様々な声に混じって、「素敵!です。ファンになります」という女性のため息が聞こえるなど反響も様々であった。
 アメリカツアーで、家族思いで有名なプロゴルファーといえばフィル・ミケルソンをおいて他にない。
 2009年の全英オープン開幕を翌週に控えて、ミケルソンはエイミー夫人が乳がんの治療を開始したことを知る。ミケルソンは直ちに「家族の事が一番だ。プロゴルファーとしてはメジャーに出場して勝つことが最大の目標だが、家族のことを最優先にするとこれまでも言ってきた。ターンベリーで開幕する来週の全英オープンには出場しない」と決断して、エイミ―夫人に寄り添ったというエピソードがよく知られている。
 今年の全米オープン前日の水曜日にも、家族行事のためミケルソンは又も超人的行動に出たのである。長女アマンダさんの中学の卒業式に出席するため、ペンシルバニア州のメリオン・ゴルフクラブから、カリフォルニア州の自宅まで東から西への「とんぼ返り」を敢行したというから凄い。卒業式で代表スピーチをした娘の晴れ姿を目に焼き付け、フィラデルフィア空港に戻ったのが東部時間の午前3時半、メリオンゴルフクラブに到着した時は午前5時半になっていた。そして何と7時1分に1番ティからスタートしたのである。この1番ホールはボギーを叩いたが、このあと4つのバーディを奪って3アンダーでホールアウトした。まだまだ若いとはいえそのタフネス振りには恐れ入るばかりだ。          
 ラウンド後、ミケルソンは「先週メリオンを回って感じはつかめていた。どのホールで、どのクラブを持つかは決まっていた。いろんなコンディションを想定して練習している。今日はそれがうまくいった。こういうこと(とんぼ返り)は年間何度かあるし、特別なことではない」とインタビューに答えている。優勝は手に出来なかったが、最終日の6月16日は父の日で、フィル・ミケルソンの43回目の誕生日でもあった。
 1999年の全米オープンでミケルソンは、ゴルフバッグにポケットベルを入れて、妻エイミーさんの出産の知らせを待ちながらラウンドに臨んでいた。優勝争いを演じたミケルソンは結局2位に終わったが、閉幕の翌日父親になったという。その赤ん坊が長女アマンダさんである。
 大急ぎで妻の元に駆けつけたハンター・メイハンは、幸いにも出産には十分間に合った。日曜日の午前3時26分、夫婦の長女ゾーイ・オリビアちゃんが無事に誕生した。
 メイハンは「何とも慌ただしい一日だった。娘のゾーイ・オリビア・メイハンが誕生したことを幸せいっぱいの気持ちで発表させて頂きたい。皆様のサポート有難うございます!」とツイッタ-に書きこんだのだ。そして棄権を受け入れてくれたスポンサーにも感謝の言葉をのべている。この出来事を機に、ハンター・メイハンは今まで以上に注目されるだろうと思う、健闘を期待したい。
 同じ頃、大リーグ・ブルワ-ズの青木宜親(31)が第2子誕生に備えて、ヒューストン遠征中のチームを離れ、自宅のあるミルウォーキーに戻ったという記事を目にした。
 青木は球団を通じて「子供が無事に生まれるよう、妻をしっかりサポートしてきたいと思います」とコメントしている。これはメジャーリーグが2011年に導入した「父親リスト」と呼ばれる産休制度を球団が使ったもので、最長3日間休むことが出来る。ブルワ-ズのレネキー監督は「貴重な人生の出来事。選手が出産に立ち会うのは重要な事だと思う」と話した。日本ではあり得ない“アメリカ式家族愛”を体験して青木の心境に変化はあるだろうか?
 日本で、妻の出産に夫が立ち会うのは当たり前ですか?と女性に聞いたところ、おおむね以下のような答えが返ってきたとインタ-ネットに出ていた。
 Aさん「当たり前ではないと思います。最近では立ち合い出産が多いですが、私は見られたくないですね。主人は仕事を休んでくれましたが、私は立ち会って欲しいとは思いません。」
 Bさん「仕事を優先して欲しい。休日だったので主人は来てくれましたが、立ち会いはなかったです」
 Cさん「私は嫌です。何も出来なくて呆気にとられる主人の姿が目に浮かぶから。実際、立ち会っても出来ることは何もないでしょう。こっちはもう必死なのですから・・」
 Dさん「私たちは、仕事がなかったら陣痛の間は側にいてもらうが分娩室には入らない、と決めています」などというものであった。
 こうして見ると日本では「仕事優先」であり「分娩室には来ないで」という考えの女性が多いようである。
 ママさんプロゴルファー森口裕子(58)は、84年に医師と結婚して1男1女の母となってからもコンスタントに勝利を積み重ね、通算41勝をマークしたスーパーウーマンである。この41勝のうち18勝がママさんプロになってからだと知ると、「仕事」と「家庭」を両立させる大変さにも「勝利した」と言えるのではないか。
 日本の女子プロゴルフ協会には「出産から36カ月が経過するまでの間を限度として産休を認めるものとする」という産休制度があるが、対象者は前年度LPGA賞金ランク50位までの者」となっていて、シード漏れした選手は対象外なのである。6月20日に40歳になった福島晃子はこの8月に出産を控えているが、昨年シード落ちしたため、この産休制度は適用されない。晃子の母しず江さんは「協会の制度が適用されない?それは知りませんでした。年齢的に不安を抱える娘に無理はさせられません。今は子供が無事に産まれてくることを願うだけです」と心配を口にしている。シード外の選手にどう対応していくかは今後の大きなテーマになるだろう。
 アメリカにも子供と一緒にツアーを転戦するママさんプロがたくさんいる。国内に3時間の時差があるため、移動距離は長い。日本のように試合を終えて新幹線や飛行機で、その日のうちに自宅に帰れるのとは事情が全く違うのだ。
 アメリカ女子プロゴルフ協会(LPGA)は「プロゴルファーの夢と女性の夢を叶えるために」と1993年に託児所「LPGAチャイルド・ディベロップメント・センター」をスタートさせた。大手食品会社がスポンサーになっているので無料で利用できるのが最大の利点だ。
 この託児所はツアーに帯同しているので、選手は自分の練習時間やスタート時間に合わせて、子どもを預けに行き、終われば迎えに行くだけでよいのだ。アメリカ挑戦中の有村智恵が「こちらに来たら、子ども連れの選手が結構やっている。出産後の復帰も早い。そういう人達を見ていると、どっちを選択するかではなく、どっちも諦めずに頑張って行けるのが夢だと思いました」と感想を述べている。
 ハンター・メイハンやフィル・ミケルソンは、我々に「家族愛」の大切さを教えているように思う。 


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笠井康宏

藤田さん、こんばんは。「家族が大事」と帰国、若しくは棄権をする外国人選手は多いと思います。私が一番印象に残っているのは、阪神バースの息子ザクリ君が難病・水頭症に掛かり帰国して退団したことです。契約問題、家族の保険契約を怠って板挟みになった当時の球団代表が飛び降り自殺してしまった後味の悪いものでしたね。日本人は「仕事第一」の風潮がありますが、外国人は「家庭第一」ですね。根本的に考え方が違います。
by 笠井康宏 (2013-07-31 22:53) 

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