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ペダルを踏んで風になる №40 [雑木林の四季]

脱皮

        サイクリスト・バイクショップ「マングロビ・バイクス」店主  高橋慎治

すっかり峠のローリング族気取りの私は、ゼロハンスポーツとはいえエンジン付きのオートバイ相手に下り坂のコーナーを攻めているのですから有頂天極まりありません。
オートバイのライダーが危なっかしい自転車乗りの小僧に絡まないように用心していてくれたのだろうと思ったのは、もっと後になってから感じたことで事故にならなかったことは単純に運が良かっただけなのです。
その日も下り坂一本勝負でしたから、ギヤは52×13Tのトップギヤに固定してからローリング区間に突っ込んでいきます。
車道に走り出た最初の頃は、遠慮がちにおっかなビックリで下っていきましたが、その頃にはピノキオさながらの鼻っ柱でした。
通り掛かりのサイクリストを装って何食わぬそぶりで下っていき、オートバイの後ろに貼り付けるくらいの速度まで加速して駆け抜けるのです。
実は、当時の私は運転免許証も当然取得していませんから、交通法規は信号の色の意味と自転車は左側通行くらいしか認識がありませんでした。
ですから、峠の下り阪での走りの内容がご法度だと知るのは少し後になるのです。

何度もオートバイの中に混じって走っていると、後ろから来るオートバイのエンジン形式(4ストor2スト)や排気量、マフラー交換した車両かが段々分かるようになってきます。
ゼロハンスポーツでチャンバー交換当の改造車両が多くなってくると、負けじと125㏄のスポーツタイプを改造した車体が増えます。
そして今度は排気量が250㏄、400㏄とオートバイの車格も段々上がり、そしてスピードも段々上がるのです。
当然、コッチは人力ですから排気量が125㏄以上の車体には目もくれず、狙うはゼロハンスポーツ専門です。
あくまでも「通り掛かりの何食わぬ」が基本ですから、後ろ見をしながらの飛び付きは露骨ですので、排気音から車格を判断して後ろに飛び付くのです。
コツは、カーブ出口から次のカーブへ繋がる直線路でオートバイに追い抜かせつつ自分は加速します。
オートバイは下り坂のカーブ進入では、ブレーキ、シフトダウン、ハンドル&アクセル操作など結構忙しいのです。
ところがそれに比べると自転車は簡単で、ブレーキ操作の他は舵取りとペダルを踏み込むだけです。
ですから、直線路で追い抜かれても次のカーブの進入でゼロハンスポーツだと追い付けるのです。

皆さんは、いくら下り坂とはいえ自転車なんだからエンジン付には敵うはずがないと思っているでしょうが、実際に自転車は下り坂では遅い乗り物ではないのです。
ツール・ド・フランスでのピレネーやアルプスの峠の下り坂では、ルーフキャリアにスペアバイク満載のチームカーや二人乗りの撮影バイクが自重の軽い自転車について行くにはラリ-さながらの運転が必要になるそうです。
見通しのいい下り区間であれば時速100㎞を超える速度も珍しくありません。
日本でも富士山周辺などはレースであればそれに近い速度が出そうな下り坂がいくつかありますね。

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※イメージです                                                                             
オートバイがローリング走行をしているいつもの峠では、日常の風景として相変わらず爆音が轟いています。
いつものようにゼロハンスポーツの尻に噛み付いて下っていると、マフラーがノーマルの4ストのエンジン音が後方にピタリと張り付きました。
既にゼロハンスポーツを内側から追い抜いた後で、流れに乗っていたオートバイ達も姿を消しています。
「最後の一台だな・・・」と思い、カーブの出口でサドルから尻を上げてペダルを強く踏み込み加速体勢に入ります。
当時は今のような自転車用のスピードメーターも殆ど無く、実用になる物が出現するまでにはもう少し待たなければなりませんでした。
自分はその状態での速度が何㎞出ているかを知る術がありませんでしたが、後ろの4ストのエンジン音には個人データを垂れ流ししているような状態だったのです。
いくつかの連続するカーブを過ぎ、少し開けたところに差し掛かったときです。
ローリング族のオートバイならUターンをしてヒルクライムセクションに挑むところなので、そろそろランデブーも終わりだなと思った瞬間でした。

ヘルメットも被っていない自分にはまさに無防備な状態なので、音が武器になるという実感を始めて体験させられました。
尻から喉もとまで串刺しにされたかと思うような鋭い高周波のサイレンが私を射抜きます。
何が起こっているのか理解できず、頭の中が真っ白になる感覚を初めて味わいました。
そうです。私の後ろにいたオートバイはローリング族のオートバイではなく真っ白な白バイだったのです。
あのサイレン音は生理的にも心底ビックリするというもの以外としては表現出来ない音で、緊急事態としてDNAに刻まれているような感覚です。
とっさに急ブレーキを掛けましたが、峠道の下り坂ですので速度が徐行状態に下がるまでは少し時間が掛かったように感じました。
白バイの警察官に拡声器から厳しく注意を浴びせられ意気消沈です・・・
その場で少し停車して2ストロークのような激しい心臓の鼓動を落ち着かせてから麓までゆっくりブレーキを握りながら下りていきました。
実は、この峠道の湖側の麓には交番があり、やはり先程の白バイが停まっており白バイ隊の警察官が仁王立ちでこちらに視線を送ってきました。
先程の警告で意気消沈のうえピノキオの鼻をポッキリ折られ、お辞儀をしながらしょぼくれて交番を後にしました。
幸い天気は良かったので、あまり行かない湖畔まで足を延ばして休憩しました。
最初はどうして白バイに怒られたのか理解出来なかったのですが、怒られるからには理由があるはずで、「今後はこんな遊びは慎もう」と気持ちを切り替えて家路につきました。
帰路の峠の上りは西日の中、オートバイもいなくなった峠道に自分の激しい息遣いと心臓の鼓動が大きく鳴り響いていたように感じました。

高校受験が終わり、いよいよ原付の免許証が取得できるまでカウントダウンに入りましたが、オートバイへの憧れは熱が冷め、自分の力で行動力が倍増する自転車への興味が湧き上がっていました。
「自転車でどこまで出来るのだろうか?・・・」という興味と挑戦に熱くなっていました。
そして、通い慣れた国道20号線の峠道から奥多摩有料道路(現奥多摩周遊道路)へとハンドルを向けるのです。
当時の奥多摩有料道路では、オートバイ雑誌の影響もあってかローリング族とは違う【走り屋】と呼ばれるオートバイ乗りが集まっていました。
有料道路区間の最高地点の風張峠から奥多摩湖側への料金所まで12㎞強のハイスピードダウンヒルです。
走っているオートバイもパワーのある大排気量の大型バイクがほとんどでした。
ただし、ひとたび事故を起こせば救急車が到着するまで1時間以上、救急病院まで2時間以上の僻地です。
ガードレールのそこかしこに花束が添えられている時期も少なくありませんでした。
自分にとってオートバイは既に過去の憧れであって、その時は自転車の可能性に興味津々だったのです。

マングローブ・バイクス http://mangrovebikes.blogspot.jp/
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    


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