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ペダルを踏んで風になる №39 [雑木林の四季]

天狗

       サイクリスト・バイクショップ「マングローブ・バイクス」店主  高橋慎治

中学生から始まった私の自転車熱ですが、いよいよ高校受験前のあわただしい時期に差し掛かります。
思い起こせば事の発端は【ROADMAN】なのです。
初めてのドロップハンドルのサイクリング車で、オプションパーツとしてキャリアやバッグ類などの準備があり、好みの装備で自分にとって理想のサイクリング車を仕立てることが出来ました。
【ROADMAN】は本格的なサイクルスポーツの入門へ誘った日本の自転車史にも名を残す傑作車でした。
そんな自転車を手に入れた私は、冒険に似た新しい発見と行動に伴う経験に毎日が新鮮でした。
「海が見たい!」といって一人で湘南まで行ったり、「奥多摩にはダムがあるんだ!?」といって青梅街道を西へとJR青梅線をさかのぼるように山の懐深くに出かけたりもしました。
そうはいっても、どんなサイクリングだって最初の一回で目的地までの攻略を達成出来たことは殆どなかったのです。
その日の思いつきで出かけて行っても、時間切れや体力切れ、お財布のお小遣い切れにハンガーノックなどと気力まで切れてしまうようなこともありました。
結局のところ走力においてまだまだ未熟だったのです。


さて、いわゆる受験生という立場になった時期でしたが、興味の大半は依然として自転車に向いていました。
ローリング族のギャラリーから追っかけになって、峠通いも日常になってきました。
自転車に対する自分の価値観も移動の手段からスピードの獲得に変化していきました。
自転車自体の知識も増え、目的別の車種の意味合いも既に理解していました。
中学校への日々の通学時に時々遭遇する「キラキラと青く輝くドロップハンドルの自転車」の存在が自転車熱を更にアツイものにしてくれたのです。
同級生とはクラスでオートバイ雑誌の回し読みはしていましたが、それと同時に自分は自転車雑誌にも目を通し始めていました。
その自転車雑誌には自転車メーカー各社の宣伝広告や新製品の案内、部品や用品の紹介や使い心地など知りたかった情報が満載でした。
そんな自転車雑誌のとある号で「イタリアのロードレーサー」という特集記事の中に「キラキラと青く輝くドロップハンドルの自転車」を見つけました。
そのグラビア写真に写っているのは、まさに通学の時に後ろから「シャァァァーーッ」っと、颯爽と走り去る「キラキラと青く輝くドロップハンドルの自転車」だったのです。
その自転車は【ALAN】といって当時では珍しいアルミパイプで出来た自転車でした。
「キラキラと青く輝く・・・」という青色は塗装ではなくアルマイト処理でブルーに着色されたアルミパイプの「青」でした。
今では一般車でさえもアルミフレームをうたっている物は少なくありませんが、当時はロードレーサーといえば軽量のスチールパイプで作られることが普通でしたから、アルミパイプで作られた自転車はスペシャルなものでした。

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この【ALAN】は、ツール・ド・フランスなどの一流レースの特に山岳コースのスペシャルバイクとして活躍しているブランドだったのです。
アルミという素材の軽量性で山岳コースのレースを有利にはこぶため当時のヒルクライマーが好んで使っていました。
そんなF1みたいなスペシャルな自転車が日本で自分の身近な場所で乗られていることに驚き、同時に憧れを強く抱いたものでした。
自転車雑誌には【ALAN】の価格も記されていましたが、フレーム価格¥・・・というふうに完成車でないにも係わらず【ROADMAN】の何倍もの価格に驚いた記憶があります。
こうして受験とは無関係の自転車の知識が私のメモリーに高速でダウンロードされていったのです。

そんな即席ロードレーサーオタクですから、自分の【ROADMAN】を見ておとなしくしているはずがありません。
自慢だったライト類を取っ払い、リアキャリアとフロントキャリアを外します。
ここまでは部品自体を固定しているネジを緩めれば外せるのでスパナ片手に簡単です。
鉄で出来たキャリアがなくなると自転車がとても軽く感じました。
このときは装備を外しただけですが自転車を持っても軽く、乗っても軽いと感じたのです。
やはり峠道の往復も軽量化を実感するくらいの走行感でした。
こうなると俄然と欲が出ます。
ロードレーサーのグラビア写真を睨みつけ、自分の自転車との比較をするのです。
ロードレーサーはスピードに特化した自転車ですから走る機能以外の部品は全て取り払います。
余計なものとしてスタンドも重り以外の何物でもないのです。
「自転車は雨が降れば濡れるだけ」ということで泥除けも【ROADMAN】から除去されます。
こうやってツーリング車だった【ROADMAN】は全ての装備を取り払われ即席ロードレーサーになったのです。

次に、ロードレースのグラビア写真を眺めてプロ選手の乗車姿勢を観察します。
経験と実績から出来上がった綺麗で力強いプロ選手のライディングフォームは、自分のそれと比較すると大きな違いがあることに気付かされます。
峠通いの道すがら、商店街のお店のガラス越しに映る自分の姿をイメージの中でプロ選手の乗車姿勢に照らし合わせてハンドルやサドルの位置調整を繰り返しました。
膝の伸び具合やペダルの踏み位置、腰の位置、背中の角度、肩の位置、腕の角度、手首の角度、・・・一つ一つを追いかけて乗車姿勢を調整していきます。
弄っては乗って、弄っては乗っての繰り返し・・・
知らないで出来ていなかったことが出来るようになる実感と快感。
駆けっこで一等になんかなった事のない自分の伸び代が、どんどん増えていく感覚が喜びでした。
受験勉強なんかそっちのけで、峠通いでゼロハンスポーツを追いかけていました。
自転車に興味のない方は「自転車なんてそんなにスピード出ないでしょ?」って感覚ありますよね?
「せいぜい頑張っても30~40km/hくらいでしょ!?」っていう方は殆ど正解です。
一般のアマチュアサイクリストで平均速度はそんなものです。
でもプロの世界だと50km/h以上の速度で走ることはざらにありますし、ツール・ド・フランスで走るピレーネーやアルプスの山岳コースの下り坂では100km/h以上の速度で山道を駆け下ります。
いりくんだ山道の下り坂では自動車やオートバイよりも自転車の方が速いことが多々あります。
こういう事実と自分の経験と浅はかな努力から、峠道の下り坂で「ゼロハンスポーツのオートバイよりも自転車の方が速い!」と思い込んで、それと同時にゼロハンスポーツの後ろに調子に乗ってピッタリついてみたり、カーブの出口にめがけてイン側をしゃくるラインで追い抜いたりして、オートバイに乗りたい欲求からの自転車でしたが次第に自転車の魅力に取りつかれていくのです。

ある日も峠道をいつものようにゼロハンスポーツを追いかけながら下ってきましたが、どうもバイク連中の走りがピリッとしていない様に感じていました。
でも、そんなこともお構いなしにゼロハンスポーツを追い抜き、ペダルをガシガシ踏み込みながら下り坂を爆走しているところに、いつもと違うエンジン音が急速に接近してきたのです・・・

マングローブ・バイクス http://mangrovebikes.blogspot.jp/


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