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ペダルを踏んで風になる №38 [雑木林の四季]

熱中

       サイクリスト・バイクショップ「マングローブ・バイクス」店主  高橋慎治 

オートバイに乗りたい中学生の私は、とにかくオートバイの走っている姿を見ていたいということで、学校が終わって日暮れまで時間のある時はほとんど毎日のように自転車にまたがりローリング族のいる峠に通いました。
オートバイのマフラーから放たれる乾いた排気音や混合燃料のオイルの焼ける匂い。
自分の能力を何倍も増幅してくれそうなオートバイへの憧れは日に日に増していきます。
学校では相変わらずオートバイ雑誌のまわし読みで、各々が好みオートバイの格好や性能を主張し合っています。
当然、その中の誰も本物のオートバイは持っていません。
中学生の他愛もない「口プロレス」みたいなものです。
そんな話題の中で、私だけ例の「峠」に足しげく通っているものですから、生の情報には事欠かなかった記憶があります。
当時は原付免許の取得を皆が首を長くして待ち望んでいましたから、まずは原付免許で乗れる「ゼロハン・スポーツ」と呼ばれていたギヤ付きのロードスポーツタイプのオートバイが興味の対象でした。
ですから、好みに分かれて「RZ(ヤマハ)とRG(スズキ)はどっちが早いんだぁ!?」みたいな当人たちにとっては真面目でくだらない会話で盛り上がったところを、「じゃあ、今日の走りを見てくるよ!」っていう具合に私が自転車を走らせるのです。

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あるとき、いつものようにオートバイの走りを見に峠を越えたのですが、タイミングを逸して車道の路肩をそのまま下って行ってしまいました。
平日の夕方でも交通量は多くなかったですが、何台か見覚えのあるカラーリングのオートバイに追い抜かれました。
そのうち一台のオートバイに「自転車は邪魔だよ!」とばかりに私の右側スレスレを追い抜いていったのです。
峠の頂上から間違って車道をそのまま下ってきてしまったので邪魔にならないように遠慮がちに走っていたのですが、「そっちがその気なら・・・」と握っていたブレーキレバーを全開放すると同時にペダルを思い切り踏み込みました。
その峠には幾度となく通い、湖側には完全に下ることはなかったのですが、帰り道への長い下り坂は峠に通った回数は全力で漕ぎながらのダウンヒルをしていました。
今考えると、若気の至りでしょうか。
自転車用のヘルメットも現代のように発達しておらず、自転車はヘルメットはいらないものという感覚の時代でもありました。
サイクリストの大概は頭にはサイクルキャップか、本格的でもその上にカスクという簡易的な防具を被ることがスタイルでした。
オートバイに邪魔者扱いされた時も私はヘルメットなど当然被ってはいませんでしたから、今思うと大変無謀な自転車小僧でした。

オートバイの走っている下り坂でブレーキを全開放してギヤをトップにして踏み込むと、自転車はスルスルと速度を上げていきます。
そのあと数台のオートバイには追い抜かれましたが、何十台ものゴボウ抜きはされなかったのです。
もちろん、オートバイ乗りは自転車なんか相手にしていなかったはずですが、当の本人は命からがらだったにもかかわらず「まんざらでもない」感覚に酔いしれていました。
オートバイ達がUターンをする区間を横目で見て、そのまま峠道を湖側に下りていきます。
オートバイのいないその先の下りの峠道は、自分の息使いと風の音しか聞こえないシンプルな時間でした。
高ぶった気持ちが治まりかけたのは麓の交番の前でした。
初めての体験と経験で胸がドキドキしていましたが、そこで帰路につくために元来た方向に自転車の向きを変えます。
そこからは峠道の頂上を目指してひたすらヒルクライムですが、間もなく先程のUターン区間に差し掛かります。
当時は明確な歩道も無かったですから道路の路肩を一踏み一踏み自転車を進めていると、オートバイも下り坂とは打って変わってスピードも控えめにゆっくり上っていくのにはなんだか親近感がわきました。
後から知った話ですが、ギヤ付き50㏄のゼロハン・スポーツは 下り坂や追い風では目を見張るトップスピードを出せますが、負荷の多い上り坂では車重とライダーを引き上げる能力が50㏄のエンジンでは役不足だったとのことです。
やっとのことで峠の頂上に着きました。
相変わらず戻った幾つか先のカーブではオートバイの疾走する快音が響いてきます。
日も暮れかかり自宅への帰路が丸々残っているので後ろ髪を引かれつつもペダルを漕ぎ出します。

その日を境に今までになかった「オートバイと同じコースを走った」という事実と実感が「もっと速く走りたい」という欲求を生み出していました。
それからはほとんど毎日のように峠に通いゼロハン・スポーツや当時増えてきたスクーター乗りの後ろにくっ付いて下り坂を勝手に攻めた気になって自転車で走っていました。
この時の私の自転車はもちろん【ROADMAN】でしたが、自転車の重量軽減のためランプ装備やキャリア、泥除けなど、外せるアクセサリーは全て外して快適性よりも走行性を重視しました。
装備がなくなり同じ自転車でも車体重量が軽くなると加速性能や登坂性能の向上が実感できました。
そんな風に自転車に対する考え方や向き合い方が変わったことで自転車を速く走らせることに意識が強く向くようになり、より速く走りたいという欲求が生まれます。
ただし、ここでいう「より速く」は誰より速くかというと、仮想敵はやはりゼロハン・スポーツだったわけです。
ほどなくして峠道の下り坂でゼロハン・スポーツのテールランプにくっ付きたがるヘンテコな自転車野郎が出現するのです。

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オートバイの後ろにピッタリとくっ付くことで実は空気抵抗の存在に気付かされました。
前に風よけのオートバイがいるとスピードが上がっても自力で走っているときよりも余裕が生まれるのです。
もちろん「空気抵抗」という言葉は知っていましたが、経験から言葉以上に重要性を認識させられました。
それからは峠までのアプローチや帰路において大型トラックが走行しているときは走行車線の道幅の都合もあってトラックの後部荷室の後方にて走ることが多くなりました。
自転車の走行において空気抵抗が軽減されると自力で到達することが難しい速度域までスピードを引き上げられることが出来るようになり、結果的により大きなギヤレシオを使えるようにもなります。
この空気抵抗との戦いは乗り物全般における永遠のテーマであり、出力の小さいヒューマンパワーでの自転車では大きな課題の一つでもあるのです。
古くから自転車競技のトレーニング方法でオートバイ誘導や車誘導というものがあります。
ただし、さんざん自分がやってきて言うのもおこがましいのですが、見ず知らずの方のオートバイやトラックの後ろに張り付く走行は大変危険ですので、くれぐれも私のように真似はしないで下さい。
そういうことで大きな事故にならなかったのは、たまたま運がよかっただけなのですから。
安全第一で自転車は楽しんで下さい。


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