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上越高田・雁木の街から №12 [雑木林の四季]

ハルさんのこと
                                                                      「caféたびのそら屋」店主 池上さ和

 そら屋の店内には、2畳分の畳を敷いた小上がり席があります。
 いつかそこをステージに、シタールやタブラなどの北インド古典音楽や沖縄の三線など、アコースティックな楽器の演奏会ができたら、と思って設けたスペースです。
 実際は、そういったコンサートは未だに実現していないのですが、初めてご来店のお客様からは珍しさに歓声が上がったり、小さなお子さんには小さなちゃぶ台を喜んでいただいたり、窓の景色を眺めながら、おひとりでくつろいで下さる方々もおられて、いろいろに活躍してくれている空間です。
 店内禁煙と相まって、その席をあてにご来店下さる赤ちゃん連れのお客様もおられ、ご家族でお食事をしていただくには少し狭くもありますが、小上がりをご利用いただくご様子は、厨房からカウンター越しに眺めるにつけ、いずれも微笑ましくきらきらとした風景です。

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                                                                                                                                           ある肌寒い日曜日のこと。開店早々に、ハルさんがご来店になりました。
時折、日曜にそら屋の近くで御用があると、帰りに立ち寄って下さるハルさん。いつも「美味いわ
ぁ…」と、「いつもはひとりで食べているから味気なくて」と、しみじみおっしゃりながらお食事を召し上がって下さいます。
ご年配のお客様方には、家族が減って自宅では作ることのなくなったカレーライスをご注文いただくことがしばしばあります。一日の栄養バランスにも気を配っておられて、ご注文の際のやりとりは、人生における暮らしや家族、食生活の変化について、もの思わされるひとこまです。
その日のハルさんのご注文は、「野菜たっぷり・ボローニャスパゲッティー」。いつになくお疲れのご様子だったハルさんは、「食欲が無いの」とおっしゃりながらも「お肉は食べたほうがいいわね」と。
そら屋のミートソースは、玉ねぎ、にんじん、セロリにトマト、野菜をたっぷりと入れて穏やかな味に仕上げています。お力が湧いてくるといいのですが…。
そして、お湯が沸くまで少しお時間をいただくことをお伝えすると、「ゆっくりでいいのよ」と、「そしたら少し横にならせてね」と言って、いつもの椅子席から初めて小上がり席へと移られました。 

秋の終わりか冬のはじまりか、薄暗い曇り空の日でした。店内の音楽のボリュームを少し落として、静かに準備を整えます。早すぎないように、ハルさんが少しウトウトできて、ちょうどよい頃合いになるように。他のメニューの付け合わせの仕上げなども先に済ませます。
 週末のそら屋のご来店は出足ゆっくり、遅めのランチのお客様が多いのですが、それでも11時台に何組かはいらっしゃいます。けれどその日はたっぷりと、ハルさんの為の時間でした。
 料理が出来上がる頃、「あぁ~ 楽になった」と起き上がられ、足を伸ばしてゆっくりと召し上がり、いつものように「美味しかったぁ~」と、「食欲が無いってウソだわね。しっかり全部食べちゃった」と、ほほ笑んだハルさん。
 ひとり暮らしの食卓では、調理も片付けも、全てご自身でなさるのでしょう。それは時に億劫になるのも自然なこと。ずーっとひとりでがんばってこられたハルさん。本当ならばもう若いご家族(がおられればですが)に支えられて、のんびりと暮らされてもいいくらいのお年頃。
 時折、聞かせていただくハルさんが歩んで来られた道。乗り越えてこられたとおぼしき想いの端ばし。「術後の投薬の辛さもあと半年の我慢なの」とにっこりハルさん。幾重にも重なった年輪と幹の太さをいつもの如く感じさせられながら、来られた時より元気になられたご様子に安心して、ゆっくりとした歩みを見送りました。
 
 小上がりがあって本当によかった、と何度も思った日でした。炎天下に茂る木陰のように、羽を休める止まり木のように、身を横たえることのできるそら屋の小上がり。偉いぞ。
 上がり框(かまち)を、そっとなでました。

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 ハルさん、本名は違うのです。
でも、お帰り際の笑顔はいつも穏やかな春の日差しのようで、ここではそうお呼びさせていただきました。
 姉妹のような頼もしいお友達もおられるハルさんですから、きっとこの冬もしっかりと乗り越えていかれることと思いますが、まだ降りもしない今のうちから、早く雪が融けて、いい春が来ますようにと、逢えない日にも願います。

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◆東日本大震災と各地の大雨による大災害と、大変な一年でした。振り返るにつけ、まだ過去形でしめくくれる状況にないたくさんの方々がおられることに想いを馳せます。
被災しなかった幸いに感謝しつつ、今できることを精一杯、努めてきた日々でした。寂しい別れもありましたが、再会や、たくさんの笑顔と「ありがとう」にも出逢いました。
日々、お客様方からいろんなことを教えていただきます。概ね「生きる」ということについてでしょうか。また一年、積み重ねてくることができました。「知の木々舎」を通じての、うれしいご縁の広がりもありました。
全ての出来事が、生きている証しなのですね。
生きていれば避けることのできない辛いこと、そして生きていればこその喜びやしあわせ。
新しい年が、皆様にとっても嬉しいことの方が多い年になりますように。

◆画像3枚目は、そら屋横のくるみの樹。この木もたいへんな年だった様子です。
気候が合わず虫が付いたようで、夏場に葉を黄色く枯らしているのを見るのは初めてでした。付いた虫ごと払い落とすのか、枯れた葉が風で一斉に散るとまた新たに緑の葉を茂らせ、しばらくするとまた黄色く枯れては、たくさんの葉を払い落して秋になりました。
今年はほとんど実をつけることのできなかったくるみの樹。
ようやく耐えているようなまばらな木陰を通るたび、がんばれ~ と心の中でつぶやきながら見上げていましたが、このコの枝はいつだって、すいっと空に向かって伸びています。

◆新年は遅めの寄稿始めになると思いますが、またどうぞよろしくお願いいたします。


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