SSブログ

司馬遼太郎と吉村昭の世界№3. [アーカイブ]

司馬遼太郎と吉村昭の歴史小説についての雑感 3
歴史小説にいたるまで――司馬さんの場合2            

                                                                                             エッセイスト 和田 

 直木賞受賞(昭和35年)で、司馬さんは一躍全国に名を知られた作家になったが、『梟の城』以後書かれた長篇小説は、『花咲ける上方武士道』(註1)(幕末を舞台に腕の立つ公家の活劇)、『風の武士』(御家人の次男坊が公儀隠密となって活躍する)、『風神の門』(伊賀忍者・霧隠才蔵の奮闘)、『戦雲の夢』(長曾我部盛親の物語)と、いわば血湧き肉躍る痛快時代小説に徹している。剣あり恋ありの活劇である。
 唯一、『戦雲の夢』は実在の人物が主人公だが、歴史小説からは遠い、波乱に富んだ物語り仕掛けだ。おもしろい小説なのだが、どういうわけか、全集収録作品からこの長篇を外すよう私は指示を受けた(あとで復活させてもらったが)。こういう指示を受けた長篇小説はまだ他に二、三ある。これについてはまたあとでふれる機会があるかも知れない。
 『竜馬がゆく』は、司馬さんが産経新聞社を退社して作家専業になった次の年、昭和37年から取材費などいくら使ってもいいという、元の会社の社長のお声がかりで新聞連載が始まった。司馬さんにとってはじめての全国紙の舞台であった。
司馬さんは張り切ったであろう。そして事実、名作が出来上がった。司馬作品でもっとも売れた、つまり人気が高いのがこの作品である。これは今も変わらない。
 物語は冒頭から目が離せない展開となる。ただし、旧来の時代小説とあまり変わらない、次から次へと恋と剣の活劇風仕立てである。
 まず竜馬の剣術修業への旅立ちから始まるが、すぐに得体の知れない泥棒稼業の男が現れ、これが若者竜馬の人生指南役のように振る舞い、狂言回しを務める。主筋のお嬢さんが旅でいっしょになり、どうも竜馬に関心がある風情。と、そこに元遊女が誘惑してくるが、女には仇がおり、それがまた絵に描いたような悪党なのだ。江戸につけば道場主の娘も好意を寄せてくるといった具合に、連載を始めて三、四カ月もたたないうちに、物語はじつににぎやかな様相を呈してくる。が、快調に話を操る司馬さんは次第に竜馬を持て余しはじめる。(註2)
 冒頭の剣術修業に旅立つ時、竜馬は数え19歳、嘉永6(1853)年のことである。竜馬が江戸についた途端にペリーが浦賀に来航する年なのだ。ご存知のようにここから幕末の狂騒が始まる。ところが竜馬は剣術に夢中になっているだけで世の動きには無関心なのである。安政の大獄やその反動としての桜田門外の変も、まるで竜馬に関係ないことであった。同じ土佐藩の革新派・武市半平太などに「あいつは晩稲(おくて)で困る」と嘆かせている。仲間の狂騒をよそにのんびりしているのだ。とにかくこの男は、33歳で暗殺されるのだが、28歳で脱藩するまでおよそ志士らしくない。19歳から物語を始めたものの、10年間は剣術しか興味のない男なのであった。
 とにかく竜馬に寄り添って物語を進めてゆけば、世の中の重大事件はすべて伝聞で書かねばならない。幕末の政治状況の推移を説明しておかないと、のちに竜馬が果たす「薩長同盟」の介添え役がなぜ大仕事だったか、読者に伝わらないであろう。連載が始まって一年たったころから、司馬さんは竜馬に関係なく時勢の動きを実況し始める。始めは控えめに、そして次第に大胆に。
 時代小説作家の司馬さんとしては、小説に「理屈」を持ち込みたくなかった。が、ついには連載のその回の冒頭から、「筆者言う」といった風に作者が表に出て解説するようになった。
 それは次第にエスカレートし、ある人物について「筆者は一種の悪意を感じているらしい」などと、小説の中で作者の好みまで述べるようになる。司馬さんの心の中で従来の時代小説から、誰も書かなかった新しいスタイルの歴史小説へ向かう機が熟したのだった。

註1 『花咲ける上方武士道』は「週刊公論」に昭和35年に8カ月連載されたが、本として出版する時に『上方(ぜえろく)武士道』と改題された。全集にもそのタイトルで収録されているが、これは評論家・大宅壮一氏のアドバイスによるもの。中央公論の社主で司馬さんと同い年で友人でもあった嶋中鵬二氏が長年それを気にしていて、司馬さんの没後、元の題名に戻されて現在に至る。中公文庫 
註2 司馬さんが『竜馬がゆく』で筆法が変わったことについては、かつて書いたことがある。(「竜馬で幕開いた司馬ワールド」・週刊朝日MOOK「週刊司馬遼太郎」。このムックは現在第5巻まで出版されているが、第1巻には巻数名がついていない)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0